心の構造について

 今日は急に涼しくて、寒がりの猫がラグの下に入り込んで寝ていました(^_^.)寒いと言うほどでもないのですが、気温が急に下がったので、肌寒さを感じるのでしょうね。

 

 自分の興味を文章にしたいなあと思っていたので、今回は、雑学というカテゴリーで、心の構造としくみについて、書籍やメディアの情報から、私なりに考え、興味を持ったことを書いてみます。日々の心の苦しみを緩和する方法についてつなげていければと思います。 今回は、無意識について考えたこと・・・

無意識の存在

 心の構造を、考えるのに、重要な要素が無意識です 。わたしたちの生活は全て意識的に、コントロールされている。と、考えがちですが、無意識でなされていることの方が多いそうです。

 例えば、寒くなったら鳥肌がたったり、暑くなると汗が出たり、眠くなったらあくびが出たり、夜になると、病気を抑制する細胞が活発化したり、生まれた時おぎゃあと泣くのは、(そうしよう)と思ってしているのではありません。無意識のうちに脳からの指令で行われています。

 また、何かを手に取りたいと思った時、意識的に取りたいと指令をだしてから手を動かしていると、思いがちですが、実際は意識する前に手は出ている、という実験結果もあるそうです。

 人間の行動の大部分は、そういった無意識の下で実行されているようなのです。自分の体の中なのに、気づかないうちに色々な指令が出て処理されているなんて、なんだか、面白いですね。

意識の誕生

 赤ちゃんは、生まれてからしばらくは無意識状態で過ごしています。しかし成長の過程で、意識的に考えて行動するようになっていきます。

 意識的な行動は、「これはしてはいけない」と叱られたり、「女の子は赤いものを着た方がよい」と言われたりして、周りに従ってそうする場合があります。また、本の主人公に憧れて(こういう人になりたい)と考えたり、そうなるにはどうすれば良いかと、計画をたてたりと、自発的な場合もあるでしょう。これらは、育つ環境によって個々に異なり、そこから、個性や、自我とよばれたりするものが生まれます。

 しかし、そのようにして形成される自我は、先に述べた無意識の領域にくらべたら、ほんのわずかな部分にすぎません。大きな湖にうかべた笹舟のようなものなのです。

無意識に潜む自分

 意識的な行動が増えると、自分の価値感、常識、考え方などが形成されていきます。その中には、『してはならない』と言われたが、本心は、無性にしたい」というような衝動も出てきます。しかし、社会の中で生きるには、そんな自分は邪魔になります。そういった邪魔な自分は、自我に抑え込まれ、無意識の湖に投げ込まれます。

 してはならないことをしたいという衝動は、それで解決されたように思われますが、突然現れ、犯罪になる場合もあります。「小さいころから大人しくて目立たなかった」と言われるような人が凶悪な犯罪を起こすような場合、そのような無意識下に抑え込まれた自分の欲望が関係しているのかもしれません。 

  しかし、無意識の世界には悪いことばかりが潜んでいるわけではありません。おぎゃあとないたり、死ぬときにスイッチを切る指令を出したり、無意識の世界には、生きるものすべてに共通している豊かな自然の原理があります。

 私たちは自然とは戦えません。竜巻に、さあこい!と向かっていっても勝てないですよね。自然は意識ではコントロールできない豊かで壮大な存在です。そういう無意識から、個々の僅かな意識が育っている、ということを自覚することは大切かなと思います。

 そう考えると、自分自身がとてもちっぽけなもののような気がしますね。しかし、同時に、「この苦悩は、意識下の小さな存在にすぎない。自分の命自体、もともと自然に抱かれ、守られてきているものだ。」と考えることができ、不安が軽減されたり、安心感が生まれたりします。

 

まとめ・・・

  • 無意識の世界は広大で、勝手に生きる営みを管理してくれている
  • 意識の世界は小さくて、意識的にしたことは大したことではないとも言える

 

今回はこの辺で。