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SIMPLE LIFE WITH CATS

足もとに咲く花

海外のしつけに思う

雑考

 行方不明だった少年が発見されたというニュース。良かったですね。ニュースを聴いて、誰もがほっとしたと思います。 

  しつけについて、いろいろな議論が交わされていました。今回のケースとは離れますが、 海外と日本のしつけの違いについて考えてみました。

オーストラリアでは子供も「一人の人」

 私は、オーストラリアの教育現場に参加したり、お子さんのいるお宅にホームステイしていたりしたことがあるのですが、オーストラリアでは、日本よりも、しつけが厳しい印象を受けました。 厳しいといっても体罰でおさえつけるというわけではありません。分別がつくようになると、子供も一人の人として扱われるので、叱る大人は、大人の言葉で論理だてて説明をしていました。

 また オーストラリアの子は十代にもなると、パーティでのエスコートの仕方、ドレスの着こなし方、道を歩くときは車道側を男性が歩く、などのマナーを覚えます。マナーができる人=素敵な大人 と考えられているため、みな実践したがるのです。男の子が、「どうぞ」とさっと扉をあけてくれて、ちょっと得意げになっていたり・・・それで、特に男子は、日本の中学生よりずっと紳士的に見えるのでびっくりします。

日本では「子供は子供」

 日本では幼少期の子供は、あくまでも子供として扱われるため、お行儀がが悪くても比較的寛大ですよね。例えば、電車やレストランなどの、公共の場で、泣きわめいても、「子供は泣くのがしごとだから仕様がない」と周囲があきらめたり、車内では、座りたいと駄々をこねる子供に大人が席を譲っていたりするのを目にします。

勉強さえすればいいの?

 日本では、良い大学に進学することが優先されます。そのため、多くの家庭では、勉強する子=良い子なので、遊んでばかりいると怒られて、勉強していれば何も言われません。「勉強はいいから、先に風呂を洗って」など、家事を手伝ってもらう親は少ないのではないでしょうか?

 一方、オーストラリアでは、勉強は主に学校で行うものという認識があります。家庭内では、勉強をすることだけが子供に期待されているわけではありません。そのため、子供にも、庭の芝刈り、草木の水やり、食器を運ぶ、犬の散歩、など役割が決められています。家族という組織において、子供も一人の人として、役割を担う事が期待されているのです。

 また、勉強が優先されていませんから、家では、思いっきり遊んだり、家族と話したりする時間を多くとることができます。 そのような環境で、子供が社会で生きてゆく上で学べることも多いでしょう。

教えるべきことが他にもあるのでは?

 こうしてみると、全てが良いとはいえませんが、日本でも見習うべきところはあるのでは? 

 エリート大学の学生による暴行事件などを目にすると、大人が、勉強よりも大切で、本当に教えるべきことをきちんと教えてこなかったからでは? そして、親のせいだけではなく、日本社会は子供に大切な事を教える環境が整っていないのでは?と思う時があるのです。

 

happysimple.hatenadiary.com