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SIMPLE LIFE WITH CATS

足もとに咲く花

ちいさな発見

日々のこと 読書

 雨が上がって、ひんやりとした空気を感じながら歩いていたら、小さなリスが二匹、電線を渡っていくのが見えました。まだ子リスのようで、なんだか動きが危なっかしい。下には、車がびゅんびゅん通っているから、(落ちるなよ~)と心の中でさけんでいました。しばらくすると、今度は、大きなリスが。母親かしら? 

 この季節はリスが電線を上手に渡っているのをよくみかけます。電線は、次から次へと、必ずつながっていますからね。枝から枝へジャンプなんてしなくていい。子リスだって行こうと思えばずいぶん遠くへ行けちゃうのでしょう。 

☆☆☆

 今日はこんなことがありました。日々、何かしら発見があるものです。しかし、私の場合、一日が終わるころには、ほとんど忘れてしまっています。たまには、誰かと話しているときに、ふいに思い出して、話題にすることもあります。

 しかし、日記としてブログに書くのは難しい。書こうという時には、思い出せなかったり、また、覚えていても、うまく文章にできなかったりするからです。その時は新鮮に思えた出来事が、言葉にした途端、大した事でもなかったように思えてくるのです。 

 そんな小さな発見について、作家 向田邦子氏はこのように書いています。

「どんな小さなことでもいい。毎日何かしら発見をし、『へえ、なるほどなあ』と感心をして面白がって働くと、努力も楽しみの方に組み込むことが出来るように思う」(向田 邦子)

(『文章のみがき方』辰濃和夫 岩波新書

 著者の辰濃氏は、この言葉に対して、「女性が職業を持つ場合、義務感だけで働いていると、顔つきが険しくなる。楽しんでいないと態度にケンが出る。だから楽しみながら働いた方がいい・・・」と記しています。

 「女は険しい顔して働いちゃいけないの?」と、私なんか、思ってしまうのですが・・・。まあ、昔はそんなものなのでしょう。ただ、後の「楽しみながら働いた方がいい。」というのは、納得できます。辛い仕事でも、何か面白いことをみつける気持ちの余裕があれば、生活も楽しめる気がします。文章を書く時にも、この「日々の小さな発見」が大切ではないか。と著者は述べています。

 なるほど・・・。

 しかし、その発見を忘れてしまう私は、どうしたものでしょう。