いじめの心理

いじめの構造

いじめを心理学的に分析した資料を読み、とても興味を持ちました。

それは、

無自覚のコンプクレックスを持っている人は、それを表に出している人(弱そうに見える人、弱いと自分で言える人)を攻撃する傾向がある

という内容でした。攻撃することにより、自分がもつ無自覚のコンプレックスを解消しているそうです。

怒ったり、憎んだりする時、人は攻撃的になりますね。攻撃の感情は爆発的な力をもちます。その力を行使することで「強くなれた」と勘違いしてしまうようなのです。
実際は、ぜんぜん強くなっていないのですが・・・・

いじめは、本当に弱い人が⇒弱くみえる人に対して行う暴力です。

 本来、自分の弱さ、コンプレックスを自覚していれば、他者は攻撃の対象にはなりません。自分と同じような境遇の人がいれば、その人の経験を聞きたいと思ったり、それに同調したり、励ましたり、助けたりしようとしますからね。

コメントの心理

辛辣で逆上的なコメントを時折見かけます。

先日、テレビで、ネットで炎上した芸人さんたちの番組をみました。ある方は、「死ね死ね死ね・・・・」というコメントに、「その数だけ。大切な人に素敵な言葉を贈ってください」と、返したそうです。

私なら、ひどいコメントを書かれたら、つらくなって生きた心地もしないです。
この方は、すごく鈍感なのでしょうか?
もしかしたら、(書き込んだ人には何らかのコンプレックスがある弱い人なのだ)と考えたのかもしれません。(そんな言葉を見知らぬ人に投げるのは、よっぽど自分が不幸だからだろう)と、憐れんだのかもしれません。そういう思考なので、どんなにひどいコメントもつらく思わないのかもしれません・・・

もし、そうだったら、すごいなあ、と思います。

 私の中に潜むコンプレック

そのようなことを考えてみると、このような見方もできます。

なぜだか、この人の言動が、このキーワードが、気にかかる。そして、それを聞くと、穏やかな気持ちになれない、なんてことは、ありませんか?そして時には、(ははあ、わかってねーな)(ばかだなあ)(イライラする)と、心の中で呟いてしまう。

だれしも、たまにはあることです。

そこには、自分がまだ気付いていないコンプレックが潜んでいるかもしれません。

(私の中にコンプレックスがある、それはどんなものなのだろう?)

そんな見方をすると、自分を知ることにもつながると思います。